HOME ご予約 お問合せ アクセス


「さんさ踊り」は三ッ石神社の巨石伝説に由来します。
その昔、里人たちは悪鬼退治を三ツ石神社に祈りました。
鬼を捕らえた神は、二度とこの里に来ない(不来方の由来)ことを鬼に誓わせ、鬼はその証として巨石に手形(岩手の由来)を残して逃げました。
それを里人たちが喜び、三ッ石の周りをサンサ、サンサと踊ったのが始まりとされています。

踊り手2万人の浴衣姿も鮮やかに、600本の笛、その数日本一の5000個の太鼓がビル街に鳴り響きます。
力強いリズムにあわせて、勇壮でエネルギッシュな群舞は迫力満点。観客も自由に参加できます。
チャグチャグ馬コは、南部曲がり家に代表される「愛馬精神」から生まれました。
馬に付けられる「小荷駄装束(こにだしょうぞく)」は大名行列の名残で、歴史が今に息づいている行事であることを感じさせます。
色鮮やかな装束で着飾った馬と馬主は早朝、蒼前神社に参拝し、盛岡八幡宮まで約5時間かけて行進します。

1978年(昭和53年)、国の無形民俗文化財に選定され、平成8年には環境庁(現環境省)の「残したい日本の音風景百選」に選ばれました。
落雷で割れた岩の間にタネが落ち、それが成長したとも謂われる「石割桜」。
巨大な花崗岩の岩の狭い割れ目に直径約1.35メートル、 樹齢が360年を越えるといわれるエドヒガンザクラが生育しています。

巨大な花崗岩と調和した威厳ある美しい姿と珍しさ。
その堂々たる姿は、盛岡地方裁判所の構内でご覧いただけます。
岩手の名前の由来である「三ツ石神社」。
ここには鬼の手形のある巨石が3つ奉られています。
岩手山の噴火の際に、ここへ飛んできたとも謂われています。
このころ、さんさ踊りの項にもあった通り、羅刹鬼という悪鬼がいました。
その鬼が手形を残したという岩が、こちらにある、3つの巨石です。

苔生した頃にくっきりとその手形が浮かび上がります。
県南部を除いて、昔は南部藩と呼ばれていました。
この南部藩時代の居城が、盛岡城(別名:不来方城)です。
ここは、北上川、中津川、雫石川と、3つの川が合流する天然の要塞です。
平城の周りには、城下町が発展していきました。
それが今の盛岡です。

今では、盛岡城自体は残っていませんが、石垣の一部はあります。
岩手公園という名称で、当時の面影が残されています。

客室案内施設案内料理とゴルフパックプラン : ご予約
交通・アクセス : 観光案内 : 盛岡役立つリンク : トップページ : お問合せ
(c)2006 HOTEL-JIN